海村と里山の交易 - 陸上運搬・海上運搬・魚売り|鹿児島の民俗 - 薩摩民俗HOME|
井上賢一著「海村と里山の交易 - 魚売りダウイの伝承 -」(『鹿児島民具』第27号、2015年、鹿児島民具学会、31-40頁所収)
平成26年9月19日から22日までの四日間、鹿児島民具学会調査団の一員として頴娃の運搬具を調査したので、簡単に報告したい。
ここでは、人力運搬のうち、肩担い運搬具(担い縄、担い棒に吊るす籠・薩摩芋袋と鉤)、背負い運搬(背負い籠)、その他の運搬具(茶摘み籠、弁当籠、作)を報告する。
頴娃町郷土誌では、頭上運搬についても次のように記載があるが、今回の調査では確認できなかった。
「漁村の婦人は、頭上に藁や布を丸めて作った台を乗せその上に魚のいっぱい入ったざるを乗せて、近くの村々まで売り歩いた。また二つのざるに入れた魚を杉の丸太で作ったイネサシ(担い棒)で肩に担い、イネ売り(担い売り)に行っていた。」〔郷土誌578頁〕
郡地区・
製作者・所有者のY.T.さんによれば、「以前は三尋半の藁縄を使っていたが、この縄は強く、背負うときも痛くないので良い。現在も使用している。中引きにつけて畝立てにも使う。ナイダケの縄で竹縄というのもあった」という。
別府地区・南大川集落。肩担い運搬具である担い棒に吊るす籠。口径45センチメートル、 底は方形で35センチメートル四方、深さは15センチメートル、マダケ製。
以下は、所有者のT.Yさんの伝承。
「母の時代(40年ほど前)にはすでに使われていた。現在も使用中。籠などは、大川の竹細工師から買い、川辺の二日市などで買うこともあった。大川には、ビンダレ(鬢盥)・タライなどを作るタンコドン(桶職人)もいた。プラスチックのものは傷がつきいたみが早いが、竹製のものは長持ちするので重宝する。
現在の使用法は、ラッキョウやイモを洗った後の水切りに使う。自分は経験がないが、母の時代は、これに紐をかけて、天秤棒に吊るし、魚を売って歩いたという。魚の種類は底引き網で獲れたサバ、イワシ、イカなど。船が夜明け前に帰港すると、漁師は網元から分け前をもらう。漁師の妻たちは、それを知覧のほうまで売りに行ったという。魚が傷むといけないので、朝早く出かけ、午前中には売り終わる。チキイ(天秤ばかり)で量り売りした。逆に在のほうから何かを売りに来たというのは、自分は覚えていない。」
別府地区・
所有者のM.F.さんによれば、「カイモ(薩摩芋)をカイモブクロに42キログラム入れて、チンをかけ、サオに下げて、前後二人で運ぶ。サオは何の棒でもよく、自分たちの都合で、あるものを使う。42キログラムのイモは、乾燥して結局40キログラムになる。出しておくと、集落の人が集めに来て、集積場へ持って行った」という。
郡地区・瀬谷集落。背負い運搬具の籠。チャツミカゴとも言う。高さ65センチメートル、口縁部直径62センチメートル、底は方形で、幅45センチメートル・長さ29センチメートル。竹製。所有者のY.T.さんによれば、45年ぐらい前から使っているもので、茶摘み籠(次項)がいっぱいになったらこれに移し替えて、背負って運ぶという。瀬谷には昭和50年頃まで、竹細工が一人いたとのこと。
郡地区・瀬谷集落。手持ち運搬具。高さ35センチメートル、口径32センチメートル。底は正方形で、ヘギの一本は欠落しており、代わりにビニールで補修してある。所有者のY.T.さんによれば、これも45年ほど前から使っているもので、小さいこの籠を茶畑の畝の間に置いて、摘んだ茶葉を入れていき、いっぱいになったら、畦畔に置いてある先述の背負い籠(大きいチャツミカゴ)に移し替えるとのこと。
御領地区・山下集落。手持ち運搬具。長さ52センチメートル、幅40センチメートル、深さ18センチメートル。モウソウダケ製で、柄は鉄。所有者のN.Tさんが昭和40年ごろ自作したもの。竹製品を購入するときは、知覧の竹細工師から買うという。使い方は、家畜の飼料となる藁草を刈って、これに入れて運んだとのこと。重いが柄が鉄なのでしっかりしていてよいという。N.T家は、牛も馬も飼っていたとのこと。
別府地区・耳原下集落。長さ52センチメートル、口の幅33センチメートル、深さ16センチメートル。カラダケ(マダケ)製。所有者のM.F.さんによれば、収穫したカイモ(薩摩芋)をいっぱい入れて、カイモブクロ(資料3)へ移すときに使ったという。
頴娃町の畜力運搬について郷土誌によれば、牛馬飼育が盛んになる明治30年代以降、木材搬出、農作物や薪、肥料の駄載運搬が増えていったという。また、馬による「駄賃とり」稼業もそのころから盛んになった〔郷土誌578-579頁〕。
別府地区・耳原下集落。長さ15センチメートル、幅14センチメートル、鉄製。所有者のM.F.さんによれば、親類のテウッドンに作ってもらったもので、耕うんがトラクターに代わる昭和30年代まで使っていたとのこと。「オコシ(
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