*南さつま歴史街道 - 名勝図会

三国名勝図会
第26巻 薩摩国川辺郡 (2)

薩摩国川辺郡 坊泊

坊津港の現景


史料 注・固有名詞

1 山水

1-3

耳取嶺上〔地頭館より東の方、十三町〕

坊津村にあり。此嶺坊津鹿篭の通道にして、両地より登路の絶頂なり。坊津よりは、登路十二三町にして、頗る急なり。鹿篭よりは、地勢漸々上ること二里許。列松道を夾み、一里余接連す。此嶺岡阜にして、絶巓も夾松ありて、左右陸田多し。絶巓地形高敞にして、海陸の眺望豁然として、数十里の景状双眸の下に収む。北を陸とし、南を海とす。東方海を隔てること十里許にして開聞岳の状南北に横たはること三里許。故に開聞より当邑に至り、十里許の間、頴娃知覧

【耳取嶺上】
【坊津村】
○鹿篭:枕崎市
○許(ばかり)
○阜:丘(おか)
○絶巓(ぜってん):山の絶頂。
○高敞(こうしょう):高く広い
○豁然(かつぜん):うちひらけたさま
○双眸(そうぼう):両眼
○開聞岳(かいもんだけ):指宿市。薩摩富士。924メートル
○頴娃(えい)・知覧(ちらん):南九州市

26-15b

鹿篭、瀕海の地形、一帯北に開て、一大湾をなす。其大湾の内、又許多の湾曲あり。開聞岳の山足、南は海上に連り、北は頴娃陸地に接く。其陸地に接する処、地勢平坦にして、遠望の状絶断して、海の環るが如し。故に岳形海中に屹然孤立し、島山に相類し、宛然として芙蓉岳を海上に望むが如し。又開聞岳の南、山足を隔ること二十里許、天際に隅州佐多の地觜、遠く海上に鋭出し、縹渺として翠黛の如く。開聞と佐多との際、海色微茫として、纔に弁ずべく。平遠の景色特に佳なる。開聞にょり内、碧海朗然として、湖の如く。其沿海の形状、遠くは頴娃知覧の地湾曲ありて、煙水杳渺たり。近くは鹿篭邑枕崎の地觜、海中に突出し、巧に曲折の奇湾をなす。其遠邇の間、或は白沙数里。或は翠松一帯、或は藍田平疇、互に相映し、或は層山複岡、高低羅列す。海上には、風帆漁舟来往出没し、朝霞夕靄、濃淡開合

○瀕海(ひんかい)臨海
○許多(きょた):あまた、多数
○屹然(きつぜん):高くそびえるさま
○宛然(えんぜん):あたかも
○芙蓉岳:芙蓉峰。富士山のこと
○隅州(ぐうしゅう):大隅国
○佐多の地觜:佐多岬。南大隅町
○縹渺(ひょうびょう):かすかに見える
○翠黛(すいたい):緑にかすむ山の景色
○纔に(かすかに、にわかに)
○杳渺(ようびょう):暗く果てがないさま
○遠邇(えんじ):遠近
○平疇(へいちゅう):平らな畔

26-16a

せる。其殊態詭観。挙て■述すべからず。臨眺の徒、景色佳絶を賞して、本藩第一と云者あり。藩人和田雪観は、善画の名を著す。嘗て此地の佳景を写すと云。今に好雅の士、又図画する者多しとかや。

○詭:いつわる。あやしい(危)
■(莫の下に手)
○和田雪観:薩摩藩の絵師(1706-1777)

26-16b

1-4

諸山合記

春日峰 坊津村にあり。△飯盛峰 坊津村にあり。峰形飯を盛るが如し。故に名づく。△車岡 泊村にあり。

【春日峰】
【飯盛峰】
【車岡】車岳

1-5

諸水合記

奥院川、水源坊津村水上山より出て、下浜の海に入る。△泊川 水源、鹿篭境の山より出て、泊浜の海に入る。

【奥院川】
【下浜】
【泊川】
【泊浜】

【免責】このページは、私自身が三国名勝図会を読む際に読みやすいようメモしたものです。校正も不十分で、記述の誤りがあるかもしれません。したがって、研究で引用される場合は、改めて原書に当られた方が確実です。このページの利用にあたっては、何卒自己責任でお願いいたします。

次頁:九玉大明神社ほか

[薩摩民俗HOME]  [サイトマップ]  [三国名勝図会26巻坊泊]


(C) 2009 薩摩半島民俗文化博物館 - 鹿児島・半島文化 - 半島文化へのお便り