鹿児島民具学会トップページ

例会研究発表要旨

2005年度鹿児島民具学会例会

■民具から歴史を見る ― タタラとシオガマと板碑、古鏡

下野敏見

 タタラとは鞴の大きなものをいう。しかし種子島では川の堰をいい、柴タタラと石タタラの別がある。石をいくつも積み重ねて作った堰である。なぜ堰をタタラというのか。タタラを踏むようにして石を踏み重ねるからか。製鉄の時、水車を用い、その水の堰を作ったのにちなむか。砂鉄の鉄穴流し(かんながし)を流し洗いといったが、そのときの堰にちなむか。しかし、このときは鞴は使わない。
 種子島の江戸期の製塩は、浜近くに塩竃を設け、石灰鍋を作り、シオヤ釘という7寸長さの釘をたくさん用いてその鍋を吊り、海水直煮法で製塩した。鍋はひびが入ることが多く、そのたびふさいで使ったが、火の神信仰が重視され、火入祈祷というのがあった。
 中種子町美座の板碑は大永3(1521)年のもので、南島最古の板碑で、南限のものであり、供養塔である。山川石製。
 種子島は、他の島より古鏡がたくさんある。今まで見つかったもので最古の形式のものは、後漢初の漢式鏡の「方格規矩四神鏡」(TLV鏡)である。踏み返し鏡なので製作年はさがる。次にやはり漢式鏡で後漢末の「四乳四鳥鏡」、唐式鏡は唐初の「海獣葡萄鏡」、ほかに「瑞花鴛鴦八稜鏡」「花鳥文七宝八稜鏡」がある。これらのほかに鎌倉時代の和鏡や室町時代の蓬莱鏡、明代鏡など多数ある。これらは大方は文化財として保護されている。
 種子島は産業遺産と文化遺産にめぐまれた特異な島であった。九州に近いだけでなく、古代タネ国が存在したことも影響しているようだ。

2006年1月例会 - 2006.1.7 かごしま県民交流センター

下野敏見「民具から歴史を見る」

鹿児島民具学会の歩みと活動 < 2005年度


例会案内会誌「鹿児島民具」これまでの活動会則リンク - 鹿児島民具学会