節 | 史料 | 注・固有名詞 | 頁 | |
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4 仏寺 |
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4-1 |
西海金剛峯、如意珠山、龍巖寺、一乗院 |
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付記1 |
○諸扁額 仁王門には、如意珠山、〔梅岳君、 大中公、御寄進。〕 本門には、龍巖寺、客殿には、 勅願場、〔東寺観音院賢賀僧正筆。〕 中殿には、 太上皇殿〔前文に見ゆ。〕 の額を掲く。西海金剛峯の 勅願は、〔由緒前文に見ゆ。〕 蔵て宝庫にあり。〔東寺観音院賢賀僧正筆。〕 |
【梅岳君】 |
26-21b | |
付記2 |
○弘法大師法印大和尚位宣旨 当寺に蔵む。弘法大師、金剛峯寺に入定の後、三十余年を経て、 清和天皇其懿徳を追仰し、貞観六年、寵章して法印大和尚位を、大師の定廟に贈らる 宣旨なり。根来寺の覚峯の 勅号を賜へるも、此 宣旨。当寺に伝はれるを聞玉へる故なりしとぞ。西陲の当寺に伝はる。実に希世の奇縁にして、当寺什宝中の珍品なり。其宣旨左の如し。 |
○法印大和尚:最高の僧位 |
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中務卿三品兼行上野大守臣時康親王
貞観六年三月二十九日下 |
26-22b | |||
付記3 |
○鳥羽上皇勅願院宣 被院宣■、依大伝法院座主申請、以西海之龍巖寺、為根来寺別院、可令奉安穏泰平、二世 |
○鳥羽上皇:第74代鳥羽天皇(在位1107〜1123)。1129から上皇(1142法皇)として院政を行う。1156年亡 |
26-23a |
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付記4 |
○後奈良法皇勅願綸旨 当院事為勅願之浄場、宜奉祈 |
○綸旨(りんじ):蔵人が勅命を受けて書いた文書 |
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付記5 |
○仁和寺院家摩尼珠院兼帯の下文 仁和寺総法務二品親王庁下 |
○兼帯:兼任 |
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一乗御房 |
○大僧正:僧綱の一つ。僧正の上位 |
26-24a | ||
○後奈良帝御歌 天文中 帝頼忠法印に宸筆の短冊廿枚、二幅を賜ひしに、其一幅は、 寛陽公へ上る。其十首、宸筆の一幅、現存す。 |
○後奈良帝:第105代天皇(在位1526〜1557) |
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うつろはぬ色を見すとて菊の花 |
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白玉の緒だえの橋の名もつらし |
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付記7 |
○什宝合記 当寺に、仏像、仏器、文書、図画等の名品、甚多く、宝物目録二冊さり。其浩繁を知るべし。今其少分を此に記すのみ。 △仏牙舎利 寛平法皇仁和寺に蔵め玉ひしに、応永中、先住頼俊上人、仁和寺に於て、伝法の時、附属を受て、当寺に伝ふ。此外舎利許多あり。 △弘法大師手刻諸仏像 地蔵、弁才天、観音■像、五輪■塔、 △五智金剛鈴 弘法大師唐土より請来せる宝器中の一なり。伝法灌頂の時、唯是を用ゆることを得るとぞ。 △五鈷金剛杖 嵯峨天皇御不豫の時、弘 |
○什宝:宝物として秘蔵する器物 |
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法大師の加持に因て、病平癒し玉ふ。此五鈷杖は、其時用ひられしとて、寺僧奇重し、伝法灌頂の時のみ用ゆるとぞ。 △水精念珠 弘法大師唐土を辞せる時、唐順宗皇帝餞賜の者といへり。念珠唐製にて、水精の品最上なり。其球稍大にして、食指頭の大さの如し。母玉に金飾あり。此念珠伝法灌頂の時のみ、唯是を用ゆるとぞ。 △弘法大師自画像一幅。弘仁中、 嵯峨天皇御不豫なりし時、弘法大師召に応して加持す。 帝乍平癒す。叡感の余、師に詔して其加持の形像を写さしむ。且 帝御筆にて、一首の和歌を其上に書せ玉ふ。法性の無漏とはいへど我すめば、有為の波風よせぬ日ぞなき。〔此歌は、弘法大師土佐室戸崎にて詠すといふ。〕 此故に自画像といへり。 △当麻曼荼羅 大和州当麻寺、中将姫の曼荼羅を模写せる本にて、銘に天平宝字の七字、金尼書を存すとなり。〔是根来寺の覚因齎し来ると云う。〕 △唐筆大 |
○加持:仏が不可思議な力で衆生を加護すること |
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元明王画像一幅 山城州法琳寺常暁律師、唐土より請来して、醍醐理性院にあり。天正中、故ありて 邦君松齢公に付属せり。 公当寺に喜捨す〔大元明王は、怒敵降伏を掌る法なり。皇国の僧大元の秘法を伝ふは、常暁を始めとすといふ。〕 △弘法大師手写諸仏図像 西界曼荼羅二福、八祖師画影八幅、一宇金輪王一幅、五大尊明王一幅、不動一幅、五大虚空蔵一幅、愛染明王一幅、如意輪観音一幅、其外数品あり。 △覚鑁手写仏画像、孔雀明王一幅、星曼荼羅一幅、弁才天一幅、其外数品あり。 △弘法大師手書一紙一部法華経 △光明皇后御書、秘密教王経、並華厳十回向一巻。 △弘法大師手書心経 心経の末に、経紙の小片三あり。二所に跋あり。 △古帖一本。 光明皇后御書一片、弘法大師書三片、伝法大師書一片、菅相公書二片、智証大師書一片。 △近衛前関白藤 |
○大元明王:仏教(特に密教)における尊格である明王の一つ。大元帥明王 |
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公信輔手翰、並連歌一軸 △同人手書、般若心経、並唯識三十頌 即同人寄付。 △上人号免許下文 △寛性法親王手書 △邦君諸御寄進品 齢岳公 円室公 蘭窓公、梅岳君 大中公 貫明公 松齢公 慈眼公 寛陽公等より、 今公に至り、累代の 邦君、仏画、仏像、仏経の御寄進品より、田地を与へ祈禳を命せられし文書の属、枚挙すべからず。寺僧宝庫に蔵めて珍品とせり。 △総州島津家文書 若干あり。昔時当地は、総州家所領たればなり。 |
【齢岳公】第6代島津氏久 |
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