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例会研究発表要旨

2008年度鹿児島民具学会例会

■俵積田の地名の由来と水道遺跡

徳留秋輝

 古い時代に、国見岳の中腹から石樋で麓の水枡に流していた遺跡が現存している。中原村に石樋の水道と灌漑用水の渠を敷設する前には、この水枡を利用していたと思われる。
 俵積田にあった林江寺の山号の俵積山は建立されていた寺の特徴を表しているから、俵が積める程度の田圃が存在していたことを意味していると思われる。
 中原と俵積田の境に六枚程度からなる二反ほどの田圃があり、国見岳の麓の分水溜から石碑で導水していた。この田圃が俵積田の地名の由来と思われる。これらの田圃は俵積山(林江寺)の寺田であったと思われる。
 指宿氏元陸は「寺院の創建については、いずれもその創建の時代を明らかにする事はできない。しかし、いずれ、喜入氏の鹿籠領有(一五六一年)よりははるかに古くからあったもので喜入領有後に建てられたもの、七代忠正の代に喜入より移された福寿山長善寺と新建された玉峰山了参軒のみである」と述べる〔鹿籠名数記 明和四(一七六七)年〕。
 少なくとも別府の水道遺跡は四百五十年以上の歴史はあると思われる。
 最後に、林江寺や現存する石樋と水枡の遺跡の保存と文化財の指定を強く要望する。

2008年7月例会 - 2008.7.5鹿児島市中央公民館

井上賢一「南さつま市の年中行事」
徳留秋輝「俵積田の地名の由来と水道遺跡」

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