下野敏見
南島の初夏の海を海面すれすれに飛翔するトビウオの姿は、美しく一篇の風物詩である。ところがそれは、大型魚に追われたトビウオの、必死の逃避行の姿なのである。
トビウオの種類は世界に約30種。黒潮が流れ、亜熱帯・温帯の接する鹿児島県の海はトビウオの宝庫。特に熊毛海域は戦前から昭和40年代まで年間1千万尾以上(時には3千万尾も)水揚げされ、日本一の漁場であった。
黒潮の源流に近い台湾東南にある蘭嶼では、三月、パヌスブというトビウオ招きがある。男たちが豚や鶏の血を浜の岩に塗って祈るという供犠儀礼で、四艘のトビウオ船チヌリクランに乗って、「アリバンバン(ALIBANGBANG)この島に必ず寄ってください」と祈り、歌う。トビウオ招きは屋久島永田でも行われ、女性のよる招来呪術であった。
蘭嶼ではトビウオ漁とともに田芋・粟の栽培も行われる。この生業体系はトカラと似ている。又、いずれもかつては船上から手網で1匹ずつトビウオをすくっていた。それは種子島東南岸でも同じ。
トビウオは黒潮ルートの伊豆諸島でもよくとれる。熊毛海域では屋久島の東南岸がよくとれ、馬毛島にはかつて六ヶ所にトビウオとりの季節移住小屋群があって、その構造は蘭嶼と似ていた。
トビウオの味は独特で、一夜干し、火ぼかし、刺身、煮付、その他の食法があるが、摺り身を油で揚げたツケアゲは最上のようだ。西之表市赤尾橋のトビウオ少年の像とレリーフはすばらしい。トビウオは稲作ルートと違う別のルートを示唆しつつ、土産品開発などの新しい分野を期待させる一つの文化媒体である。
2003年5月例会 - 2003.5.24 鹿児島市中央公民館