祭礼の中の水車からくり - 南薩摩の水車からくり人形に関する「祭礼」という研究視座の提示。 | 鹿児島の民俗 - 薩摩民俗HOME|
南薩摩における研究視座の提示
井上賢一著「祭礼の中の水車からくり―南薩摩における研究視座の提示」(『鹿児島民具19号』,2007年鹿児島民具学会編・発行に所収)
鹿児島の夏祭りは,総じて「六月灯」と呼ばれる。近世鹿児島城下で始まり,現在は県内各地の社寺での夜祭りを,六月灯と呼ぶようになった。六月灯では社寺の境内・参道に,幾多の灯篭をともす。柳田國男は,夏の夜の祭りが,大小の都市や水辺の町で盛んなことを,次のように述べている〔柳田1990,260―261〕。
私は必ずしも都市の要求がこれを促したとのみは考えていないが,夜の祭の楽しみは,家が多く燈火の水に映るところが,ことに印象が深かったということは言える。
1996年,「薩摩の水からくり」調査が,鹿児島県知覧町教育委員会の主催で実施された。筆者も調査員の1人として加わり,調査成果は「万之瀬川流域の農村カラクリ人形芝居」として報告した。
くしくも本年,知覧町豊玉姫神社のからくりは,十年前と同じ演題,「那須与一扇の的」。また今年は,はじめて吹上の水車からくりも拝見することができた。本稿では,南薩摩の水車からくりをどのように捉えればよいのか,個別習俗の比較の中から,その視点を提示してみたい。
まず始めに,南薩摩の水車からくりを定義すると,次のようになる。
@用水路にかかる
A水車を動力として,
B人形を動かす伝統芸能であり,
C南薩摩地域に分布し,
D夏祭り六月灯で披露されるもの。
これまで,南薩摩の水車からくりに係る研究は,この5つの要素をキーワードとして進められてきた。以下では水車からくりの実態と研究史を,分布【南薩摩】と成立時期【用水路・水車・人形・六月灯】に分けて,整理していくことにする。
薩摩半島南部では,水車からくり・人力あやつりをあわせ,かつて13か所でその伝承があったことが,これまでに確認されている(注1)。さらに本年度,筆者の調査により,日置市吹上町伊作本町でも水車からくりが行われていたことがわかった。それを加えると,伝承地は14か所ということになる。
このうち知覧町豊玉姫神社と南さつま市加世田竹田神社の水車からくりは,国選択無形民俗文化財となっている。また,上記2例に日置市吹上温泉の事例を加え,3か所で現在も水車からくりを見ることができる。
川辺郡知覧町では,水車からくりの伝承が5例(浮辺氏神のほかは郡地区)ある。また,人力で動かすアヤツリ人形も4か所で伝承されていた。このうち市街地のはずれにある豊玉姫神社のものは,毎年7月9日・10日の六月灯で披露される。
この水車からくりは,垂直回転する水車の動力を,ベルトを通して舞台下の機構に伝える。機構には間欠歯車・ツルギ(キャタピラ型の木製移動人形台)などがある。基本的には,垂直方向の動力をそのまま利用している。しかし,紐を利用することにより人形自体にさまざまな動きをつけている。人形は,浄瑠璃人形に似た30センチメートル前後のもので,20体前後が舞台上に据えられ,個性豊かにさまざまな動きを見せる。演題は,昔話や神話・伝説が題材となっている。豊玉姫神社の事例は,舞台を見せる「からくり劇場型」水車からくりといえよう。
浮辺の1例を除き,水車からくりの4例と人力あやつり4例の人形は,いずれも豊玉姫神社と同程度のものであったと思われる。浮辺のものは,後述の加世田型のものを小型にしたものといわれる。
南さつま市加世田地区には2か所で水車からくりが伝承されていた。1つは武田(麓地区)の竹田神社のもので,現在でも7月23日の夏祭りで,神社前の用水路上に特設のからくり舞台が設けられ,披露される。
この水車からくりでは,垂直方向の動力を,歯車により水平方向の力に転換させている点が注目される。つまり動力の伝達は,水車(垂直回転)→歯車(動力転換)→舞台上の人形台トンボ(水平回転)となっている。一方人形は,知覧のものと異なり,2体の等身大の人形が,水平回転するだけのものとなっている。演題は,島津忠良(日新公)の武勇を伝えるものが多く,武者人形が勇壮に回る。竹田神社の事例は,人形を見せる「回り舞台型」水車からくりといえる。
加世田の市街地南東部にあった招魂冢(招魂社)でも,戦中まで竹田神社と同規模の水車からくりが上演されていた。
川辺町市街地東端の横手町にある井手ノ元水神でも,戦中まで竹田神社と同規模の水車からくりが,六月灯で行われていたという。
日置市吹上町湯之元では,吹上温泉祭り(湯之権現六月灯から発展。現在は7月28日に近い日曜日)に,水車からくりが披露される。湯之元川から引き込む用水路にからくり舞台を掛ける。現在は,農村振興総合整備事業で作られた「湯之元温泉広場」の入り口に常設のからくり広場が設けられている。
この水車からくりでは,水平回転する水車の力を,軸をとおしてそのまま舞台の上に伝える。注目点は水車の設置方法で,「垂直」に据えるのではなく,湯之元の水車は水面に「水平」に置かれている。水車の直径は約90センチ。舞台の上には,加世田のトンボと同様の台が置かれている。その台に等身大の人形を設置する。舞台上も水平回転のみ。松村博久・門久義の報告によれば,この水車からくりは,少なくとも明治の終り頃には行われていたという。昭和11年頃までは続けられており戦争で中断,昭和60年に復活している〔松村・門1997,88頁〕。
さて,日置市吹上町のからくりを調べるうち,湯之元以外にもう1箇所,かつての伝承地があることが分かった。それは伊作蛭子神社の六月灯で,昭和43年ごろまで水車・舞台・人形とも湯之元と同様の水車からくりが披露されていたという。伝承地は伊作本町通りの伊作小学校前用水路(通称ウシロ溝)で,六月灯の期日は7月28日。水車からくりの起源などは伝わっていないという。この六月灯では,回り灯篭も盛んに灯されていたといい,その回り灯篭自体を「からくり」と呼ぶこともあった。追って補充調査を行いたい。
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図4 |
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写真1・2・4:湯之元水車からくり現況写真 写真3:伊作本町伝承地現況写真 図4:湯之元水車からくり機構イメージ図 |
図5 吹上町の水車からくり伝承地位置図 (国土地理院の数値地図25000地図画像「鹿児島」を使用) |