十五夜綱練り
「十五夜綱練り」基礎データ
上之坊の十五夜綱練り(綱作り)は、茅で作った7本の細縄を櫓にかけ、一本の大綱に綯っていきます。細縄には各々3人が付いて、回転しながら、締めていきます。締め終わると、大綱をずり上げ、茅を継ぎ足し、再び綱練り。これを繰り返して、50メートルもの大綱を綯っていきます。
- 場所:鹿児島県南さつま市坊津町坊 上之坊公民館( - ぼうのつ・ぼう・かみのぼう - )→地図
- 日時:毎年旧暦8月14日(八月十五夜の前日)
- 文化財指定:国指定重要無形民俗文化財「南薩摩の十五夜行事」(南さつま市旧坊津町・枕崎市・南九州市旧知覧町)
- メモ:日程は概ね、旧暦八月十五夜の前々日午前7時から「柱立て」(綱練り用櫓組み)、十五夜前日(十四夜)の夕方に「綱練り」を行いますが、日時は毎年変わります。坊津歴史資料センター輝津館(きしんかん)などで、日程確認をしてから、いらしてください。
「十五夜綱練り」写真と解説
1.十五夜綱引きにおける「綱練り」の位置づけ
薩摩半島の旧暦八月十五夜行事は、綱引きを中心に行われる。その構造は「材料集め」→「綱作り」→「綱引き」→「綱の再利用(相撲)と綱流し」からなる。
このうち「綱練り」は、綱作り習俗群の一つで、綱引き用の大綱作り。上之坊では櫓掛け式綱練りとなっている。なお、鹿児島では綱を綯うことを、綱を練る(ネル)という。
2.上之坊の十五夜綱練り
上之坊の綱練りは、茅で作った細縄7本を櫓にかけ、一本の大綱に綯っていく。
まず、櫓づくりが行われる。「柱立て」と呼ばれ、公民館の庭に2本の丸太柱を立て、上部に横木を渡して櫓を作る。前日までに運ばれた茅束「番茅」をほどき、長さを揃えて、スボく(梳く)。その茅で細縄(コマイケ)を作る。
細縄7本を櫓にかけ、1本の大綱になっていく。その際、細縄には各々3人(内側から年齢の高い順)が付いて、回転しながら、締めていく。締め終わると、大綱をずり上げ、茅を継ぎ足し、再び綱練り。これを繰り返して、50メートルもの大綱を綯っていく。
ずり上げるときの掛け声は、綱引きのものと同じで、3度目に力いっぱい引っ張る。
(合図)どーんとー、どーんと引っ張れー
(引き手)エーイヤー、ヤヤヤヤ、ヤヤヤヤ、ヤー、ヤー、ヤー、ヤー
(合図)もひとも(もう一つ)、しゃーんと引っ張れー
(引き手)エーイヤー、ヤヤヤヤ、ヤヤヤヤ、ヤー、ヤー、ヤー、ヤー
(合図)どーんとー、どーんと引っ張れー
(引き手)エーイヤー、ヤヤヤヤ、ヤヤヤヤ、ヤー、ヤー、ヤー、ヤー…
最後の綱練りでは、大綱に綯うに従ってぎゅっと締まっていく。三人いた各細縄の綯い役は二人で足りるようになり、最後は一人で締めあげることになる。余った人は、まず片手を縄から離し、最後は両手とも縄を持てないようになる。その時に、勢い余って回転が続く。隣の人と手をつなぎ、「ヤヤヤヤ、ヤヤヤヤ、ヤー、ヤー、ヤー、ヤー」の掛け声で回転。最後は「ハーレヤナー、ハーレヤナー、ヤットコセー」で綱から離る。
綯い終わった綱は、櫓から引っ張り落とし、綱引き場所となる公民館前の坂道に引き出される。
3.上之坊十五夜綱練りの特徴と意義
- 上之坊の十五夜綱練りは、龍蛇の出現をよく表している習俗と言える。
- 綱をずり上げる掛け声は、綱引きのものと同じ。
- 綱を綯い締める回転方法や掛け声は、綱引きの後に行われる「お月さん作り」のものと共通している。ここにおいて、お月さん作り習俗が、満月を表現する意味と、綱引きの継続(再開)を願う意味において、二重に死と再生の表現していることが分る。
→詳しい解説は、「薩摩半島における十五夜行事の構造」
「坊津の十五夜」記録映像・記録画像
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坊津十五夜一覧:坊津の十五夜
記録映像総集編:薩摩半島の十五夜行事
〔実地調査〕
2012.9.30 筆者調査。この年の綱練りは、旧暦8月14日(9/29)に計画されていたが、台風のため十五夜当日行われた。撮影は正午ごろ完成まじかの状況からだが、作業は午前7時から柱立てが行われた。
〔参考文献〕
拙著「薩摩半島における十五夜行事の構造」(『南九州市薩南文化』第3号、2011年、南九州市立図書館編・発行)に記載。